作品「宇宙の中心」

作品

前書き

この「宇宙の中心」を最初に発表したのは日本文学学校山田組合評会なので、もう20年以上前のことになります。そのままにしておくのはもったいないので、ネットで公開いたします。

「宇宙の中心」

山の彼方(あなた)

山の彼方の空遠く、
幸い住むと人の言う、
ああ我、人と尋め行きて、
涙さしぐみ帰りきぬ、
山の彼方のなお遠く、
幸い住むと人の言う

山の彼方(カール・ブッセ)

 私は今、東京都豊島区池袋にいます。なんだか最近、碌(ろく)なことがないのでぼやいていたら、
「北へ行ったら?」
と、誰かが私に耳打ちします。
「北へ行けばいい事あるの?」
「あるよ。ヒラメキが変わるというか、こだわりがなくなるというか……」
「北って、どこまで?」
「どこまででも……」
というようなことを言われてその気になって、北のはずれまで行こうとしたのが大間違いでした!
さて私が北へ行くとしたら、池袋からどこまで北上すれば北へ行った事になるのでしょう。新潟? 青森? 北海道? でもその先にはロシアがあるし、そのずっと先には北極があるのです。
たとえもし、私が北極点に立ったとしても、北のはずれまで来たことにはなりません。なぜならば、空を見上げれば頭上には北極星がきらめいているのですから。
たとえもし、私が北極星に舞い降りたとしても、北のはずれまで来たことにはなりません。なぜならば、北極星は天の北極にあるわけではなく、比較的近い方向にある星にすぎないからです。
たとえもし、私が北極星を飛び立ったとしても、宇宙は膨張しているなどと、まことしやかに言われているこの頃のご時勢であれば、一体、どこまで行けばいいのか分かりません。行けども行けども、北のはずれにたどり着けないのです。私はもうウンザリで、南に帰りたくなってきました。
振り向けば、地球ははるか彼方に点在し、どこが北極なのか北海道なのか池袋なのか、ちょっと見分けがつきません。一体、どこまで帰れば、南に帰ったことになるのでしょう。
私の右手は私の右側に、私の左手は私の左側に。私の顔面は前面にあって、背後で何があっても分かりません。前後左右の中心が自分であるように、東西南北の中心が自分であってもかまわないでしょう。私の北側が北。私の南側が南なのです。この無限大に広がる宇宙の中で方向とは、自分を中心とした相対的なものだったのです。

あとがき

この「宇宙の中心」の前半部分はほぼ実話です。1993(平成5)年のこと。池袋の某所で〇学(ゼロ学)占星術開祖御射山宇彦先生に、「なんだか最近碌なことがない」とぼやいたら、
「西へ行ったら?」
「西って、どこまで?」
「箱根でも京都でもどこでもいいさ。一泊二日で何か美味しいものでも食べて帰ってくればいいんだよ」
と言われたのです。私は、どうせ行くなら西のはずれまで行こうと思い立ち、本州の西のはずれ山口県まで出掛けることにしたのですが、旅慣れない私はまず、ボストンバックや旅行ガイドブックを購入し、どこを見て回ろうか、どこに泊まろうかと計画を立てたのです。とにかく向こうでは碌(ロク)なことがありませんでした。

旅行ガイドブックを読んで、私は是非とも秋吉台の大草原を見たいと思っていました。現地に着いてみると、その前に秋芳洞を見たほうが良さそうなので、秋芳洞を見に行きました。鍾乳洞が形成されるのに何百年・何千年・何万年もかかるそうで、機会があったら一度は見たほうがいいかもしれませんが、私は高校の修学旅行で行ったことありますし、行けども行けども岩ばかりで、早く地上に出て緑の草原が見たいと先を急ぎました。そして地上に出てタクシーに乗り、「秋吉台の緑の草原がどうたらこうたら……」と、運転手さんに話しかけると、「うーん…」と、気乗りのしない反応を示したのです。なぜか。それはすぐに分かりました。野焼きをしたばかりで、目にしたのは草原の緑ではなく、一面のコゲ茶。こんなコゲ茶を眺めていてもしょうがないからと、タクシーに乗り直し、宿に行くことにしました。
予約済みの民宿の名前を言うと、運転手さんはご存知で、宿の前はすぐ海だと教えてくれたのですが、「海! 目の前が海!」と、私がハシャグと、また「うーん…」と、気乗りのしない反応を示したのです。なぜか。それもすぐに分かりました。確かに宿の目の前は海だったのですが、宿からは海が見えないんです。正確に言うと、宿の目の前に魚市場があって、宿から見えるのは、魚市場にありがちな木箱や発泡スチロールの箱の山だったのです。
御射山先生は、何か美味しいものでも食べてくればいいと言ったのだから、アッチコッチ見て回ろうなんて欲を出さずに、駅周辺の宿に泊まり、宿周辺の飲食店で、何か食べて帰ってくれば良かったんですよ。
しかし東京に戻ってからヒラメキが変わったように思っています。喫茶店を、いつものお店から「たまには別のお店に」と変えてみると、混んでいて知らない人と相席になるが、なぜか意気投合して友達になってしまうとか。こういうことが起きるんですよ。

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